下鷺 千翔さん
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このブログ(日記)へのコメント
アルマとマーラーの関係は、サンドとショパンとの関係に似ているかも知れない、と思うことがあります。いずれも、気丈で才気煥発な女性がいなければ、彼らの創造活動が大いに阻害されたであろうと思うわけです。『そうではない。大音楽家が一人の女ごときに偉大な創造活動が左右されるとは、笑止!』というひともいるようですがね。
2008年02月24日 22時30分09秒
人を感動させる作品が音楽的技術だけで作られるはずがないでしょう。むしろ大音楽家と言われる人達こそ、純粋な心の持ち主であって、人生で味わった深い悲しみや喜びを表現することが創造活動の前提になると思います。
2008年02月24日 22時36分39秒
その関係する証拠探しが難しいのですね。かなりの悪がしこい作曲家が残念ながら傑作を作ることもあるのですね。世の中思っているように綺麗ごとだけではないのがほんとの事実です。
2008年02月25日 00時06分26秒
悪がしこい作曲家は例えば誰ですか?
2008年02月25日 19時24分20秒
余り名前を挙げると口を言っている様になるでしょう、ほんとは言いたくないですね。
もう死んだ人にしましょうか?ノーノ、シュトックハウゼン、ブーレーズ?みんな欠点がありますよ。一人生きていたか?
もっと古く?モーツァルトが得のある人とはとても思えませんね。ベートーヴェンは癇癪もちのキチガイやろう?シューベルトは梅毒の買いすぎで死期を早めた。シューマンもかなり似ている?ブルックナーと掃除婦との関係?クララとブラームスの関係?ベルク?ストラヴィンスキーノ金儲け主義?ワーグナーの借金踏み倒しの術?R・シュトラウスやプィッツナーのナチへの協力度?マスカーニやレスピーギのファシズム作曲家としての功績?まだまだありますよ。でも全体的にはみな私たちと同じ人間だったということです。作曲だけが特に優れていた。それだけでしょう。
2008年02月26日 00時09分44秒
下鷺 千翔さん
人間性と作品の相関をつけたい気持ちはよくわかりますよ。でも、一般論として、芸術作品は、作者を離れた瞬間に、別物になり切り離されて独立に評価されるのが常です。(音楽だけでなくて、Fine Artでも)
2008年02月26日 01時27分02秒
そうですよ、評価は独立しています。歴代の大作曲家がわれわれと同じぐらいの徳の人間だったからといってその作品の評価が低くなることはないですね。ということはいくら作品がいいからといって彼らの人間性の評価を上げるのではなくて、彼らの作曲の才能の評価を賛辞すべきでしょう。
ノーノは酷かったそうですね、あの涙の出そうな「中断された歌」や「広島の橋の上で」を作曲しておきながら、自宅では大酒のみで、親しい女性を強姦していたそうです。でもそういうものなのです。従がって今でも彼の人間ではなく作品だけは評価していますよ。Wagnerやリストも同様です。
2008年02月26日 00時38分21秒
菅野さん、リストは除外して欲しいです!
彼は、有能な若い音楽家を相当支援したのではないでしょうか。マーラーだってそうです。只、リストは菅野さんみたいに教養人ではなかった。それだけに世俗的名声欲に弱かった。マラーは逆に、世俗的通念を軽視するあまり、生前アルマに「素敵な」ドレスひとつプレゼントすることが出来なかった。結果はくだんの如し(『狐は死んでも、毛皮を残しますわよ!』)
2008年02月26日 13時24分28秒
2008年02月26日 18時56分04秒
芸術家の「俗」と「徳」の二面性ですか・・・なるほど(#^.^#)
ただ、僕とて芸術家がみな君子だなどと思っているわけではありませんよ。世俗の中で混乱し、悩み、日々の生活と葛藤し続けることで、人並みの心の痛みを持つことが、むしろ優れた芸術作品の創作に結びついていくと言いたいだけなのです(*^^)v
僕らも「俗・徳」二面性を保ちつつ生きていると思います。俗に走ると、有名人ほど批判されてしまう現実がありますが・・・^^;
2008年02月26日 20時46分30秒
心の痛みはまず大体の人が感じると思います。作曲家の中ではオリヴィエ・メシアンなんかそういう面では偉かったと思います。作曲界のローマ法王のような人でしたね。でもみんながそうだとは限らないので、他の人はみんな普通でしょう。
カルロ・ジェズアルドのように自分の妻を殺しても、宗教音楽をたくさん書いて残っている例もありますが、定義は一縄では行かないものです。
2008年02月26日 23時55分08秒
伴侶というのは、人生をプラスに導いてくれるだけとは限りませんから、マイナス面が出過ぎると、夫婦としての限界となるのでしょうか。
カルロ・ジュズアルド氏は、どんな修羅場が訪れたか知らないけれど、精神的に危機的状況があったのではないかと推測します。だからと言って、して良いことと悪いこととはありますが。
オリヴィエ・メシアンさんは、共感覚を持ったオルガニストですね。作曲界のローマ法王は、日本に来て『七つの俳諧』を描かれていますね。オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」は今後ぜひ見てみたいです。
2008年02月27日 21時47分39秒
ジェズアルドの妻は当時浮気をしたので殺したようです。当時はそうして良い法律があったようで、罪には問われなかったようです。でも音楽史上人を殺した作曲家として有名ですね。
作品はそれとは全く別に思いもがけない転調があるので調性崩壊の先駆者として見られています。人殺しノ作品にしてはメシアンのように宗教曲が多いですね。この落差を現代人は飲み込むのが難しいようです。
メシアンの「アッシジ」はWagnerのParsifalの様な宗教オペラともいえる儀式オペラです。僕は彼の姿は日本のアテネ・フランセで見たのが最後です。ローマ法王のような雰囲気の人でしたね。
2008年02月28日 06時20分53秒
僕の想像ですが、いくら法律上認められていたとは言え、妻を殺すと言うのは後味がかなり悪かったのではないかと思います。
それでその思いから逃れるために、作曲する作品に救いを求めたとは考えられないですか?
2008年02月28日 21時06分54秒
やっぱり芸術家一家って、かなりすごい環境が多めなんでしょうか・・・???
2008年02月29日 01時29分27秒
このブログを探すのについに探せなかったのですが、書いてくれたおかげでまた書けるようになりました。
彼は中世の人間ですから魔女の火あぶりと同じように社会全体が残酷だったのでしょう。でもそれが日常化していたので慣れて残酷とは思わなかった。
このジェズアルドですが僕も知らない間に最近生で聴いていますね。http://www.c-music.jp/index.php/blog/detail/i/8444...
今日のラジオ放送でもかかったようです。とにかくこっちではしょっちゅうやります。
10.30 SWR2 Treffpunkt Klassik
Am Mikrofon: Alfred Marquart
Carlo Gesualdo Principe da Venosa:
Luci serene e chiare, voi m’incendete
Tal’hor sano desio
Io tacerò ma nel silentio - In van dunque o crudele
Che fai meco mio cor
Sento che nel partire
La Venexiana
2008年02月29日 07時17分37秒
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「さすらう若人の歌」
の中で、自分自身の失恋の詩を書いたマーラーは、恋愛に関しては少年そのものの生涯であった。
女優のヨハンナ・リヒターに対し理想的な女性と憧れたが、やがて失恋し深い苦悩を味わっている。
恋の深い闇を垣間見たマーラーが、ヴァイオリニストのナターリエとの友情的愛情を得て絶望から立ち直り、宮廷音楽監督の地位にまで上り詰めた後、21歳年下のアルマ・シントラーと1901年に知り合い結婚した。
アルマは作曲家ツェムリンスキーの弟子で、絶世の美貌を誇り、ウイーンの芸術家の憧れであった。マーラーと知り合う前のアルマはツェムリンスキーを愛していたが、二人が出会った途端に激しい恋に落ちた。
マーラーが仕事に精を出す一方で、寂しさからかアルマは多くの芸術家と不倫をしている。ピアニスト、建築家ワルター・グロピウスなど。妻の不倫を知った後のマーラーは厭世感に取りつかれ、衰弱しながら1911年に51歳で死んでいった。
その後アルマは1964年まで生きている。
マーラーの死後、1915年にアルマはグロピウスと結婚してマノンという娘が誕生したが、その娘が18歳で亡くなっている。彼女を可愛がっていた作曲家アルバン・ベルグが嘆き悲しんで「ヴァイオリン協奏曲」を作った。
[参考]
http://plaza.rakuten.co.jp/predudio/diary/20070928...
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