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ロッシーニの「引退」

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 歌劇作曲家ロッシーニの突然の引退については、あたまのどこかにひっかかるものがある。通説では、以下のような説明が多いような気がする。

『1829年に歌劇「ウィリアム・テル」をパリで初演し大成功を収めた後、突如音楽界から引退している。この時ロッシーニは37歳。それも引退の理由が料理に没頭するためであったという。彼はその後パリで高級レストランを経営し、ボローニャでトリュフを掘る豚を飼育する日々を過ごしたとか。』

 ロッシーニのオペラは、私にとっては神童のオペラと同じく、明朗快活、浮き浮きするような旋律に満ちたイタリア・オペラの典型である。悲劇的要素を期待するのは間違いじゃなかろうか?とすら思えるのである。

 歌劇界の売れっ子、現代でいえばスピルバークみたいな人だったのではと思えるヒーロが何ゆえに「突然」の引退をせねばならないのだろう???

 彼は最盛期をパリで過ごしている。1830年頃である。この時代は、ナポレオンの革命後、ヨーロッパに反革命の時代が続き、政治的「厭世観」が蔓延していた時代のようである。丁度、現代の「世界的テロリストとの戦い」が手詰まりに陥っているようなものかもしれない。

 同時代にパリで活躍していたビルトォーゾのリストやショパンは、ロッシーニほどには「潔くない」気がする。彼らはサロン中心の芸術家であり、貴族や「富裕層」に支持されていた芸樹家だった。

 それに比して、ロッシーニはオペラと云う貴族から市民階級までの幅広い「観客」(娯楽層)を相手にしていたのである。しかも、彼はイタリア・オペラの仕掛け人ともいうべき存在であった。

 この舶来のイタリア歌劇というのが、「くせもの」ではないのか。1830年〜1848年の共和制に向かうパリにあっては、イタリア芸術家の彼らはいずれ、新しい市民層の好みに取って代わられる一時的流行の「舶来芸術」に過ぎなかったのではなかろうか。

 神童は「パリを毛嫌いした。」天才少年の時代は、良き見世物であったが、青年期は「田舎出の一音楽家」に過ぎなかったのだ。また残念なことに、ショパンやリストのように、サロンを魅了するだけの「オーラの持ち主」でもなかった。

 では、ロッシーニはどうか?彼の作品には、変わりゆくパリの観客の嗜好を引き止めるだけの魅力がなかった!と云いたいが、そうではなかろう。

 要は、ロッシーニのほうで「愛想をつかした」と考えるほうが妥当な気がする。つまり、彼を支えたのは、旧体制の貴族・富裕層である。しかし、1830年を境とした共和制後は新興市民層が権力の中心であり、彼らの好みは「軍楽隊」張りの士気高揚音楽だったのでなかろうか。

 パリの「グランド・オペラ」という歌劇スタイルがあるが、これはロッシーニのイタリアオペラのスタイルとは全く異なる様式のオペラのように思える。

 ロッシーニは自分のスタイルを捨ててまで、パリでの成功にしがみつく必要はなかったのであろう。そういう意味では、芸術家としては「富裕層」である。これに比して、ショパンは晩年をサロンの女弟子に支えられるという「没落貴族」並みの生き方をした。

 どちらが良いかは分らないが、ショパンのほうが私には「芸術家」らしく思える。ロッシーニは「引退」することで、新しい市民層に「へつらう」ようなカメレオンのごとき音楽家になりたくなかったのではなかろうか。

 ピアノ オペラ∩声楽曲


日付:2009年01月20日

4件のコメント

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このブログ(日記)へのコメント

Shigeru Kan-no

シベリウスもそうでしたね。大体作曲だけで何もしないで食っていけるとみんな書かなくなるようですね。家の先生もそうかな?

2009年01月20日 19時47分43秒

先だっては、失礼しましたが、ブログの文書が読みやすくなりましたね・・・

作曲家と奏者とでも、その価値観は、かなり違うように思いますね・・・
偉大な芸術家と称される歴史上の音楽家は、当時の時代背景なども大きく影響
しているのではないでしょうかね・・・

何時の時代も同じではないかと、思えるようになって来ましたね・・・結局、芸術
は、生産性が客観的に見えなく、常に主観であるから、排他的な扱いを受ける
事が多いですよね・・・

ただ、一つだけいえる事は、音楽芸術や、他芸術に携わる歴史上の人物は皆
破滅的であり、衝撃的であり、熱情的であり、・・・抑圧や弾圧・差別・・・等々の
苦境な境遇などに直面した人たちが多いと言う事ではないでしょうか。

私の好きな
「ミーシャマイスキー」
「ジャクリーヌジュプレ」
「ヤーノシュシュタルケル」
「ロストロポービチ」
「カザルス」は、言うまでも無く、勿論そうですよね・・・

ここに挙げた「チェロ奏者」は、皆、時代背景からの抑圧や弾圧を受けまた
人種差別・人間的性の差別を受けて来た音楽家ですからね・・・

この中で言えば、「シュタルケル」は、まだどちらかと言えば、平凡な音楽家な
方でしょうね・・・他の奏者は、皆、苦悩などに満ちていますよね・・・

つまり、平凡では味が出せない、非凡な人間くささが、よき悪しきにせよ味わい
と言うような抽象表現ですが、人の心をつかむ、にくい演出と言うかうまく言え
ませんが、そういった味わい深いものがあり、それらが、時代背景とマッチング
するか、どうか・・・ではないでしょうか・・・


ではまた。

2009年01月20日 23時09分07秒

Shigeru Kan-no

この反対の例も挙げて起きます。

この前書いた、100歳のエリオット・カーターですが、彼の全体の作品の3分一は90歳と超えてから作曲されたようです。大体2000年代の作品ですね。年をとってからどんどん作曲活動が旺盛になる人ってそう多くはないですが、そういうタイプの人も少数ながらも確実にいるようです。普通はみんな書かなって寂しくなりますね。しかしイサン・ユンなんかも晩年のほうが作品は遥かに多かったようですね。日本だったら助川俊也さんか?とにかく凄いバイタリティーですね。

2009年01月20日 23時09分47秒

photographer_naoko

 これは、難しいですね。
 音楽家家は「芸術家」か、それとも「舞台人」か?
 その狭間で、いつも揺られているのではないですか。
 私(写真家)も、同じようなものですね。

2009年01月21日 12時22分02秒

4件のコメント

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