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ようやく、第九番まできた。しかし、音友「マーラー」伝の村井さんの解説を読んで、「がっかりした」。
『「アルマの不倫」ごときが、大芸術家の作曲活動に影響を与えるなどという発想は、皮相に過ぎないよ。・・・』と云われている気がする。
曰く、
マーラー最後の「死の三部作」における「人生」と「芸術」との関係(が云々
されるが)・・・ すべては《大地の歌》のために、マーラーが『シナの笛』
から七編の詩を選び出したところから始まった。・・・(所謂)1907年の
「運命の打撃」の影響が無視できない(とはいえ)つながりはここまでである。
続く第九、第十交響曲で作曲者がおこなったのは、終楽章にアダージョを置
くという《大地の歌》の楽章配置プランを含めて、そこで扱われた「死」と
「告別」というテーマを純粋器楽の交響曲として、さらに展開してみようとい
う試み・・・(である)
(しかし、)死をめぐるテーマについて論じただけでは、第九交響曲がマーラー
の最高傑作たるゆえんの半分しか説明していない。これは《大地の歌》以上に
「前向きな」作品、・・・最も前衛的・革新的な音楽である。
チャイコフスキーの《悲壮》を例外として、(交響曲において構築性よりも
歌謡性ないし思索性を優先させるために、終楽章に緩徐楽章を置くという試み
は)シューベルトの《未完成》とブルックナーの第九交響曲くらいであった。
マーラーの第九交響曲では両端に・・・長大な緩徐楽章を置くという特異な
楽章配置がとられ、・・・このことは交響曲という楽曲の理念の決定的な変質、
もしくは「終わり」を意味している。・・・
(換言すれば)実際には声楽が用いられていないにもかかわらず、(ほぼ標準
的な四管編成による四楽章の交響曲で・・・)楽章配置の通り、両緩徐楽章に
深い想念の盛られた(シューベルトの《未完成》や《大ハ長調》交響曲のよう
な)「歌謡交響曲」である第九交響曲が目指したものは、
《大地の歌》以上に高度なレベルで「歌」と「交響曲」を結び合わせること、
・・・生涯の総決算的な作品を作ること・・・ベートヴェン以来の、ソナタ形
式の基本理念であった主題労作を最終的に放棄することを意味する・・・。
『そうなのですねー。確かに聞いていて、「円熟味」を感じぜずにはおられません。ハイ。』
ピアノ オペラ∩声楽曲